院長コラム

2024/12/09 令和6年静岡県獣医師会症例発表会 会陰ヘルニアに便秘症薬 発表しました
No. 62

会陰ヘルニアによる慢性便秘症に対してエロビキシバットで長期管理できている高齢イヌの1例

〇 樋渡敬介1), 土井公明2), 堀正敏3), 水野理介4)
1) 御殿場インター動物病院, 2)どいペットクリニック, 3) 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医薬理学教室, 4) 岡山理科大学獣医学部獣医学科獣医薬理学教室

会陰ヘルニア(perineal hernia: PH)は、骨盤隔膜筋の脆弱化により直腸が会陰部に脱出し、便の排出困難を伴う疾患である。PHは、未去勢の中高齢犬に多発するにもかかわらずその病態は未だ十分解明されておらず、再発も蓋然的であり完治が困難な症例も少なくない。治療は、外科的整復が第一選択とされているが、その整復後の病態や個体の管理に関する報告や内科的治療に関する情報は限られている。近年ヒトの慢性便秘症薬として上市されたエロビキシバットは、回腸末端部の上皮細胞に発現している胆汁酸の再吸収に関わるトランスポーターを阻害し、大腸内の胆汁酸を増加させることで水分分泌と大腸運動促進のデュアルアクションによって自然な排便を促す効果があるとされている。今回我々は、エロビキシバット(商品名:グーフィス)を、高齢イヌPHに適応し、長期管理できている症例を報告する。

【症例】12歳齢の未去勢・雄・柴犬(15kg)を、肛門周囲の腫脹、便意低下、排便困難、元気・食欲低下を主訴に診察した。身体検査にて左側会陰部の腫脹と直腸の変位を認め、PHと診断した。高齢犬であること、飼主が来院困難であること、犬の性格などを考慮し、内科的治療を選択した。

【治療と経過】当初、ラクツロース、食事療法、水分摂取増加を試みたが、症状の改善は限定的であった。そこで、便意と排便を改善する目的で、エロビキシバットの投与を開始した。エロビキシバット5mgを1日1回経口投与したところ、5-7日で便意と排便の明らかな改善が認められた。また、腹痛や排便困難の悪化などの副作用は認められなかった。その後、食欲改善に伴い便量が増え、排便時に滞る症状が再燃したため、投薬量を5mg1日2回に増量した。増量後、排便は改善し、元気・食欲も安定した。現在も1日2回投与を継続し、QOLを維持しながら安定した経過を呈している。

【考察】本症例は、外科的治療が困難な高齢イヌのPHに対し、エロビキシバットを適応することでQOLを維持できた症例である。エロビキシバットはイヌでは適応外使用となるが、慎重な投与量調整と経過観察により、高齢イヌPHに対しても安全に使用できる可能性が示唆された。今後エロビキシバットは、PHに対する新たな治療のみならず術後の管理の向上も期待でき、既存の内科的・外科的治療との併用も含めさらなる検討が必要であると考えられる。
【キーワード】イヌ、高齢、会陰ヘルニア、エロビキシバット、便秘、QOL

会陰ヘルニアによる便秘症に対してリナクロチドで管理可能となったチワワの1例

〇 土井公明1), 樋渡敬介2), 堀正敏3), 水野理介4)
1)どいペットクリニック, 2)御殿場インター動物病院, 3) 東京大学大学院農学生命科学研究科獣医薬理学教室, 4) 岡山理科大学獣医学部獣医学科獣医薬理学教室

【はじめに】グアニル酸シクラーゼC受容体アゴニストであるリナクロチド(リンゼス®)は2017年に上市された便秘症治療薬で、腸粘膜上皮細胞の受容体刺激を介してcGMPを増加させ、クロライドチャネルを活性化し、腸管内へ水分分泌を促進することで便秘を改善する。電解質異常や併用禁忌薬がなくリナクロチドの主な副作用は下痢のみとされている。小動物臨床において慢性便秘症は、安定した排便の維持に難渋することが散見される。今回会陰ヘルニア(perineal hernia: PH)で排便障害を発症したチワワにリナクロチドを使用し排便管理が良好に維持できた症例を得たので報告する。
【症例】チワワ、未去勢雄、治療開始時の体重1.9kg
【治療及び経過】8歳時の健診にて肛門右側に膨隆を認めPHと診断した。排便障害が軽度であること、僧房弁粘液腫様変性の既往歴、身体的虚弱、飼い主の希望などを考慮し去勢手術のみを実施し経過を観察した。12歳時にPHによる排便困難を発症。浸透圧性下剤である60%ラクチロース・シロップ(0.3g/head BID,po)の処方を開始した。半年間排便はできるが食欲不振および体重減少(1.32kg)が続いた後、排便が安定化し体重増加を認めた。しかし、13歳時に排便困難および排便痛が増悪したため、新規便秘症治療薬であるリナクロチド(35μg/kg SID,po)を追加処方しラクチロースとの併用投薬を開始した。併用治療2ヶ月後排便が安定し食欲回復と体重増加が認められ、5ヶ月後排便痛が緩和し定期的排便(1-2回/週)が得られ体重も安定した。2年経過した15歳時では排便時の疼痛は残るものの指一本分の定期的な排便(1-2回/週)が維持されている。体重は、年間1.64-1.7kgの間で安定し被毛の量とツヤが回復した。飼い主の報告によると犬の活動性回復のみならずQOLの改善が確認できた。
【考察】PHは通常、外科的整復が必要とされる疾患である。本症例はPHの外科的整復は実施せず、内科的にリナクロチドを追加投薬した結果、便の軟化が得られ、排便障害の改善ならびにQOLの改善が得られた。消化管の上皮機能変容薬であるリナクロチドは、グアニル酸シクラーゼC受容体を活性化し、大腸内腔への水分分泌を促進する。今回の症例では、この作用により、便の軟化と腸管内容物の通過が容易になったと推測され、ヘルニア内の直腸に滞留していた便の排出が促進されたと考えられる。以上より、リナクロチドは、高齢や全身状態により外科的整復が困難なPHの症例あるいは飼い主が手術を希望しない症例に対する内科的治療の有用な選択肢であり、QOLの維持を期待できると考えられる。

【キーワード】
イヌ、高齢、会陰ヘルニア、リナクロチド、便秘、QOL

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