院長コラム

2025/09/28 消化器病学の最新知見を獣医療に活かす ―第27回日本神経消化器病学会参加報告―
No. 68

消化器病学の最新知見を獣医療に活かす ―第27回日本神経消化器病学会参加報告―

11月18日・19日と二日間にわたり病院を休診とさせていただき、岡山にて開催されました「第27回日本神経消化器病学会」に参加いたしました。本学会は、ヒトの消化器病学を専門とする医学研究者・臨床医が一堂に会する、この分野を代表する学術集会の一つです。

獣医師がなぜヒトの医学会へ、と疑問に思われる方もいらっしゃるかと思います。しかし、動物とヒトとでは生物学的な種差こそあれ、生命科学の根幹をなす生理機能、特に消化器系の病態発現機序には多くの共通項が見出されます。ヒト医学の領域では、膨大な基礎研究と臨床データを基盤とした医療技術が日進月歩で発展しており、その先進的知見は、言語を持たない動物たちの疾病を解明し、治療法を確立する上で極めて有益な示唆を与えてくれます。昨年に引き続き、そういった思いから本学会に参加させていただきました。

今回の本学会のテーマは「着眼大局~病態解明と新規治療の確立に向けて~」でした。これは、微細な事象に固執することなく、全体を俯瞰し本質を見極めることの重要性を示唆するものです。一つの症状のみならず、その動物を取り巻く環境要因や心理的背景までを包括的に評価し、診断に至るという当院の診療方針とも深く共鳴するテーマであり、その理念に深く共感いたしました。

学術的な興奮に満ちた2日間でしたが、特に日々の診療の参考になると感じた二つの主要なトピックについて、皆様にご報告申し上げます。

腸脳相関(Gut-Brain Interaction):神経系と消化器系の密接な連携

来院時のストレスによる下痢や、環境変化に伴う食欲不振といった現象は、飼育下の動物において頻繁に観察されます。これらは単なる心理的な反応に留まらず、「腸脳相関」という生理学的な機序に基づいています。脳が感知したストレスや不安といった情動刺激は、自律神経系や内分泌系を介して消化管の運動機能や知覚に影響を及ぼし、結果として下痢や便秘、腹痛などの身体症状を誘発します。逆に、腸内環境の変調が脳機能に影響を与えることも近年の研究で明らかにされています。

臨床検査上、特異的な器質的異常が認められないにもかかわらず、慢性的な消化器症状を呈する動物たちの背景には、このような心身相関が深く関与している可能性が示唆されます。今後は、消化器への直接的な治療アプローチに加え、動物の生活の質(QOL)を考慮した環境整備や、ストレスを緩和するための行動学的アプローチの重要性を再認識し、診療に活かしていきたいと考えております。

機能性ディスペプシア(FD):器質的異常を伴わない上部消化管症状

食欲不振や嘔吐を主訴に来院されたものの、各種臨床検査では明確な異常所見が検出されず、診断が難しい症例は少なくありません。ヒト医学において「機能性ディスペプシア(FD)」と呼称される病態概念は、こうした症例を理解する上で重要な示唆を与えてくれます。FDは、胃潰瘍や腫瘍といった器質的疾患が存在しないにもかかわらず、胃もたれや心窩部痛などの症状が慢性的に持続する状態を指し、その背景には胃排出能の遅延や内臓知覚過敏、十二指腸における微細な炎症などが関与すると考えられています。

この概念を獣医療に応用することで、これまで原因不明とされてきた消化器症状に対し、新たな診断的・治療的アプローチの可能性が開かれます。言語で症状を詳述できない動物たちの微細な行動変化の裏に潜む、機能的な不全の可能性を常に視野に入れ、より精緻な診断を目指す必要があると痛感いたしました。

より良い獣医療の実現に向けて

その他、腸内マイクロバイオームと免疫応答の関連性、胆汁酸代謝が消化管運動に及ぼす影響など、数多くの学術的知見を得ることができました。異分野の先進的な研究成果を積極的に吸収し、それを当院の診療領域へと応用していく分野の垣根を越えた取り組みこそが、より良い獣医療の実現に向けた大切な一歩になると思います。

今回の学会で得た貴重な知見を、日々の臨床実践へと活かし、皆様のご家族である動物たち一匹一匹に、より科学的根拠に基づいた質の高い医療を提供して参りますよう、スタッフ一同、今後も学びを深め、皆様の大切なご家族により良い医療をお届けできるよう努めてまいります。消化器に関してご心配なことがございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。

2025年09月 9/28
9/ 2

2025年07月
2025年01月
2024年12月
2024年08月
2023年12月
2023年02月
2022年11月
2022年10月
2022年08月
2022年06月
2021年12月
2020年05月
2020年02月
2020年01月
2018年11月
2017年12月
2017年07月
2017年04月
2017年03月
2017年02月
2017年01月
2016年12月
2016年10月
2016年06月
2015年12月
2015年11月
2015年06月
2015年04月
2015年03月
2014年09月
2014年04月
2013年03月
2013年02月
2012年12月
2007年04月
2004年09月
2001年09月
2000年09月

 


▲Top

〒412-0043 静岡県御殿場市新橋383-1
御殿場インター動物病院
Tel 0550-81-0885
Fax 0550-81-0886