院長コラム

2026/01/01 穏やかに歳を重ねるために 〜60年前の研究に学ぶQOLとADL〜
No. 71

穏やかに歳を重ねるために 〜60年前の研究に学ぶQOLとADL〜

御殿場インター動物病院 樋渡敬介

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

穏やかな新春をお迎えのことと存じます。皆様の傍らには、大切な家族である動物たちの温もりがあることでしょう。年の初めに静かに寄り添ってくれるその存在は、何にも代えがたいものです。

さて、新しい年を迎えるにあたり、今回のコラムでは「高齢動物との暮らし」について考えてみたいと思います。

はじめに

近年、医療の領域において「QOL(Quality of Life:生活の質)」という言葉は広く浸透してまいりました。これに加えて「ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)」という概念がより一層重要視されるようになっています。この背景には、わが国における急速な高齢化があることは疑いようがありません。

そして、この高齢化という現象はヒトだけの問題ではなくなりました。私たちと暮らす犬や猫をはじめとする伴侶動物もまた、獣医療の進歩や飼育環境の向上により、かつてないほどの長寿を享受できる時代となっています。

ADL概念の歴史的起源 —— 1963年Katzらの先駆的研究

ADLという概念が医学的に体系化されたのは、今から60年以上も前のことです。1963年、米国の医師Sidney Katzらは、Journal of the American Medical Association(JAMA)誌に「The Index of ADL: A Standardized Measure of Biological and Psychosocial Function」と題する論文を発表しました。

この研究は、オハイオ州クリーブランドのBenjamin Rose Hospitalにおいて、慢性疾患を抱える高齢患者を対象に8年間にわたって行われたものです。Katzらは1,001名の患者に対し2,000回以上の評価を実施し、日常生活動作の自立度を客観的に測定する指標を開発しました。

注目すべきは、60年前の時点で既に、単なる疾病の有無ではなく「日常生活をどの程度自立して営めるか」という機能的側面に着目していた点です。この先見性は、現代の高齢者医療や獣医療においても色褪せることなく、むしろその重要性を増しています。

Katz Index of ADLの構成

Katzらが開発したADL指標は、以下の6つの基本的動作から構成されています。

1.入浴(Bathing)
2.更衣(Dressing)
3.トイレ動作(Going to toilet)
4.移乗(Transferring)
5.排泄コントロール(Continence)
6.食事摂取(Feeding)

これらの動作における自立度を評価し、A(すべて自立)からG(すべて介助必要)までの段階で総合的に分類します。

興味深いことに、Katzらは疾病からの回復過程において、これらの機能が一定の順序で回復することを見出しました。すなわち、最初に食事摂取と排泄コントロールが回復し、次いで移乗とトイレ動作、最後に入浴と更衣の自立が戻るという順序です。

さらに注目すべきは、この回復順序が小児の発達順序と驚くほど類似していることです。Katzらはこの平行性について、ADLが単なる行動の指標ではなく、神経学的・運動学的な機能を反映する「生物学的かつ心理社会的機能の指標」であることを示唆するものと考察しています。

獣医療への応用可能性

Katzらの研究はヒト医療を対象としたものですが、その概念は獣医療においても十分に応用可能であると考えます。

犬や猫における日常生活動作として、以下のような項目が評価対象となり得るでしょう。

•自力での起立・歩行
•食事・飲水の摂取
•適切な場所での排泄
•身づくろい(グルーミング)
•飼い主や環境への反応・関心

高齢動物、特に慢性疾患を抱える動物の診療において、これらの日常動作を継続的に評価することは、治療効果の判定や予後の予測、そしてご家族との治療方針の共有において、極めて有用な情報となります。

QOLとADLの関係性

QOL(生活の質)とADL(日常生活動作)は、密接に関連しながらも異なる概念です。
ADLは客観的に観察・測定可能な機能的指標であり、QOLはより主観的・包括的な「生活の質」を表す概念です。ADLの維持・改善は、多くの場合QOLの向上に寄与しますが、両者は必ずしも一致するとは限りません。

例えば、歩行能力が低下した高齢犬であっても、痛みが適切に管理され、ご家族との穏やかな時間を過ごせているならば、そのQOLは決して低くないと考えることができます。

重要なのは、ADLという客観的指標を参考にしながらも、その子とご家族にとっての「生活の質」を多面的に捉える視点を持つことです。

ジェネラリストとしての役割

当院は地域に根差した一次診療施設です。私自身、いわゆる「街のかかりつけ医」としてのジェネラリストでありたいと考えております。

60年前にKatzらが提唱したADLの概念は、高度な医療機器や専門的検査がなくとも、丁寧な観察と問診によって評価できるものです。これはまさに、一次診療の現場において実践可能なアプローチといえます。

高齢動物の診療においては、検査数値の改善だけでなく、「食欲はあるか」「自分で立ち上がれるか」「排泄は適切にできているか」「ご家族との触れ合いを楽しんでいるか」といったADLやQOLに関わる情報を、ご家族とともに丁寧に共有していくことが求められます。

今年の診療指針として

本年、私は診療においてQOLとADLをこれまで以上に重視してまいりたいと考えております。

Katzらの研究が示したように、ADLの評価は「治療効果の判定」「予後の予測」「ケアの必要度の把握」において客観的な指針となり得ます。高齢動物の診察においてADLの各項目を意識的に確認し、ご家族とともにその変化を追っていくこと。そして、治療方針の決定においては、医学的な最善と、その子とご家族にとっての最善を、対話を通じて一緒に考えていくこと。

「長く生きる」ことと「よく生きる」ことは、時に難しいバランスを求められます。しかし、そのバランスを探る過程にこそ、ご家族との信頼関係が築かれ、その子にとって最良の医療が形作られていくものと信じております。

おわりに

1963年、Katzらは論文の結びにおいて、高齢化社会の到来とともに「自立(independence)」の維持が身体的・情緒的・社会的な強さを支えるものであると述べています。そして、ADLにおける自立は高齢者の健康を定義する基本的な要素となり得ると結論づけました。

この洞察は、60年を経た現在、ヒト医療のみならず獣医療においても、その重要性を増しています。

ヒトも動物も、老いは避けられない自然の摂理です。しかし、老いとともに歩む日々が穏やかで、できる限り豊かなものであるよう支えることは、獣医療に携わる者としての責務であり、同時に大きな喜びでもあります。

ご家族の皆様とともに、大切な家族の一員であるその子のQOLとADLを見守りながら、より良い獣医療を提供できるよう努めてまいります。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

御殿場インター動物病院 樋渡敬介

参考文献

Katz S, Ford AB, Moskowitz RW, Jackson BA, Jaffe MW. Studies of Illness in the Aged: The Index of ADL: A Standardized Measure of Biological and Psychosocial Function. JAMA. 1963;185(12):914-919.

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