冬こそ注意を ― ペットの異物誤飲
〜 2月の御殿場で考える、寒さとストレスの意外な関係 〜
2月、やはり今年も御殿場には雪が降りました。そして3月を迎え、ようやく暖かさを実感できる日が増えてまいりました。皆様の大切なご家族は、元気にお過ごしでしょうか。
さて今回は、冬の時期に意外と多い「異物誤飲」についてお話ししたいと思います。異物誤飲とは、食べ物ではないものをペットが飲み込んでしまうことです。とりわけペットシーツの摂取は、当院でもしばしば経験する身近なトラブルです。
ある冬の日の出来事
当院では2024年と2026年、いずれも2月に、それぞれ同じ日に3頭の犬がペットシーツの誤飲で来院するという経験をしました。当院では、ある特定の症状が、偶発的であっても立て続けに発生する場合などは、記録をするようにしています。今回も異物誤飲が続いた際に、ふと「これは過去にもあったのでは」と記録を調べたところ、なんと同じ2月の発生でした。これが数年の間に2度続いたことに、私はただの偶然ではないのではないかと感じ、改めて今年の2月全体の「異物誤飲」での来院を調べると、普段の月より多いことに気がつきました。
「なぜ2月に集中するのだろう?」
この疑問から、気象条件と動物の行動、そして異物誤飲の関係について、これまでに報告されている研究を調べてみることにしました。
寒さとストレス ― 冬の犬の「こころ」に起きていること
犬の異物誤飲には、単なる「うっかり」ではなく、心理的・行動学的な背景があることが近年の研究で明らかになってきています。
まず、犬は気圧の変動にとても敏感な動物です。嵐や低気圧の接近時にそわそわしたり、隠れたり、落ち着きがなくなるという経験をお持ちの飼い主さんも多いのではないでしょうか。研究では、雷恐怖症の犬にストレスホルモン(コルチゾール)の顕著な上昇が確認されており、犬全体の15〜30%が雷や嵐に対して強い恐怖反応を示すと報告されています。そして、その引き金は雷鳴だけでなく、気圧の変化や風、湿度の変化など、複合的な気象要因であることがわかっています。
さらに興味深いことに、犬のストレスホルモンは冬季に上昇する傾向があることも報告されています。スウェーデンの研究グループが犬と飼い主58組を対象に調査したところ、犬の毛に蓄積されたコルチゾール濃度が冬季に有意に高いことが示されました。寒冷環境そのものがストレスの一因となっている可能性があるのです。
つまり、冬の犬たちは「もともとストレスが高まりやすい状態」にあり、そこに気圧の急変などが加わると、不安がさらに増幅されやすいと考えられます。
不安が「口」に出る ― 異物誤飲と行動の関係
犬が不安やストレスを感じたとき、その表現のひとつとして「何かを噛む・飲み込む」という行動が現れることがあります。
フランスの研究では、異物を飲み込んで手術を受けた犬42頭を調べたところ、多動性や衝動性、強迫的に物を口に入れる傾向が有意に高いことが報告されています。つまり、異物誤飲は単なる事故ではなく、その子の行動特性やそのときの心理状態と深く関係しているのです。
食べ物ではないものを習慣的に口にする行動は「ピカ(異食症)」と呼ばれ、退屈、不安、分離不安、精神的刺激の不足などが主な原因とされています。冬場はまさにこれらの条件が揃いやすい時期といえるでしょう。
御殿場の2月 ― リスクが重なる季節
御殿場市は標高約450メートルに位置し、2月の最低気温は氷点下に達する日が少なくありません。2026年2月には−10.2℃という記録的な低温も観測されました。また、この時期は南岸低気圧の通過に伴い、気圧が急激に変動することも多い季節です。
こうした御殿場の2月という環境を考えると、いくつかのリスク要因が重なっていることに気づきます。
第一に、厳しい寒さと積雪により、散歩の時間や距離が大幅に短くなります。犬にとって散歩は身体を動かすだけでなく、さまざまな匂いや刺激に触れる大切な精神的活動です。それが不足すると、退屈やフラストレーションが蓄積します。
第二に、南岸低気圧の通過に伴う急激な気圧変動が、犬の不安行動を引き起こしやすくなります。
第三に、冬季のコルチゾール上昇により、犬はもともとストレスに対して敏感になっています。
第四に、屋外での排泄機会が減ることで、ペットシーツの使用頻度が上がり、犬がシーツに触れる機会そのものが増えます。尿の匂いが染みたシーツは嗅覚的な刺激が強く、口で触れるきっかけになりえます。
そして第五に、年末年始の長期休暇が終わり、飼い主さんが通常の勤務に戻る時期とも重なります。在宅から不在への急激な変化が、分離不安を悪化させることもあるのです。
これらの要因が単独ではなく、複合的に重なることで、異物誤飲のリスクが高まるのではないかと考えています。もちろん、これは現時点では仮説であり、科学的に証明されたものではありません。しかし、臨床の現場で感じた「2月に多い」という実感を、既存の研究知見と照らし合わせてみると、決して根拠のない印象ではないように思われます。
冬のご家庭でできる予防策
因果関係の科学的な証明を待つまでもなく、冬の時期にはペットの異物誤飲に対して日頃から注意を払っていただくことが大切です。以下に、ご家庭で実践できる予防策をまとめました。
室内環境の整備
ペットシーツは使用後すみやかに交換・廃棄し、犬が単独でアクセスできない工夫をしましょう。メッシュカバー付きのトイレトレーの使用も効果的です。靴下やタオルなど、犬が口にしやすい小物も片づけておくと安心です。
精神的刺激の確保
散歩が難しい日でも、室内でできる「遊び」を取り入れてあげてください。知育玩具(コングやノーズワークマットなど)にフードを仕込んで与えたり、短いトレーニングセッションを行ったりすることで、犬の精神的な満足感を高めることができます。「頭を使う遊び」は、身体を動かす以上にエネルギーを消費するともいわれています。
気象変化への気配り
天気予報で急激な気圧の変動や寒波が予想される日は、愛犬の様子をいつも以上に注意深く観察してあげてください。落ち着きがない、物を噛み続ける、隠れようとするといった行動が見られたら、不安のサインかもしれません。そばにいて安心させてあげるだけでも、大きな支えになります。
異変を感じたら早めの受診を
嘔吐、食欲不振、元気がない、排便の変化など、「いつもと違う」と感じたら、異物誤飲の可能性も念頭に、早めにご来院ください。異物誤飲は早期に対応できるかどうかで、その後の経過が大きく変わります。
おわりに
日々の臨床で感じる「あれ、また同じパターンだ」という気づきは、まだ教科書には載っていない疾患の傾向を見つけるきっかけになることがあります。今回の観察はまだ仮説の段階ですが、当院では今後、来院日の気象データと異物誤飲症例を継続的に記録し、より客観的な知見の蓄積を目指していこうと思っています。
寒い冬は、私たち人間にとっても外出が面倒になる季節です。しかし、そんなときこそ、室内で過ごす愛犬・愛猫との時間を豊かにする工夫を心がけていただければと思います。退屈やストレスを感じさせないこと、そして万が一のときに早く気づいてあげることが、大切なご家族を守る一番の方法です。
三寒四温の日々が続きますが、春はもうすぐそこです。どうぞ温かくしてお過ごしください。
御殿場インター動物病院 樋渡敬介
参考文献
1) Dennler R, Koch D, Hassig M, et al. Climatic conditions as a risk factor in canine gastric dilatation-volvulus. Vet J. 2005;169(1):97-101.
2) Levine M, Moore GE. A time series model of the occurrence of gastric dilatation-volvulus in a population of dogs. BMC Vet Res. 2009;5:12.
3) Dreschel NA, Granger DA. The biobehavioral effects of stress related to fear and anxiety in domestic dogs. Penn State University. 2010.
4) Sundman AS, Van Poucke E, Holm AC, et al. Long-term stress levels are synchronized in dogs and their owners. Sci Rep. 2019;9:7391.
5) Masson S, Guitaut N, Medam T, et al. Link between Foreign Body Ingestion and Behavioural Disorder in Dogs. J Vet Behav. 2021;46:40-53.
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