院長コラム

2015/11/30 平成27年 静岡県獣医師会 中部症例発表会 共同研究発表
No. 28

テルミサルタン(ARB)が慢性鼻炎のミニチュアダックスフントに著効した1例

◯土井 公明1)、 5)、樋渡 敬介2)、 5)、水野 理介3)、 5)、横須賀 誠4)、 5)

1)どいペットクリニック(藤枝市)、2)御殿場インター動物病院(御殿場市)、3)つくば国際大学医療保健学部臨床検査学科、4)日獣大獣医学部獣医学科病態解析学分野、5)Japan Veterinary Microcirculation Research Center (JVMRC)

【はじめに】 犬の鼻炎、特にミニチュアダックスフントの鼻炎は難治性で慢性化に至る個体を散見する。鼻炎の原因は細菌、真菌、アレルギー、歯牙疾患および新生物など様々でそれらが複合的に関与している症例も多い。今回の細菌性鼻炎の症例は、抗生物質に対して治療抵抗性であった。そこで、鼻腔の微小循環の改善と鼻炎に対する抗炎症作用を目的にテルミサルタン(ARB)を投与したしたところ、数日で症状が緩和し、6ヶ月経過した現在も同薬内服により良好な経過が継続している1例について報告する。
【症例】 ミニチュアダックスフント、11歳、避妊雌、BW6.0kg。室内飼育。各予防は適切に実施。9歳時に重度胆泥症のため胆嚢摘出歴。歯垢が多いので約2年間隔で口腔処置実施。歯槽膿漏は軽度。くしゃみと鼻汁が急に見られるようになったため治療を開始した。
【治療および経過】 膿性鼻汁の治療のため1ヶ月間アモキシシリン10mg/kgBID の内服をしたが効果を認めなかった。細菌検索と感受性検査では、Pasteurella spp.少数 α-Streptococcus少数 アモキシシリンはどちらの細菌にも感受性ありの結果であった。次にテルミサルタン(ARB)を単独で0.5mg/kgSID POで開始。投与3日目には水っぽく切れが良い鼻汁に変わり、7日目には膿性鼻汁はほぼ消失した。少量の鼻汁は引き続き認められ1日2回ほどのくしゃみとともに排出された。内服4ヶ月後の細菌培養結果はPseudomonas spp(2+)であった。約半年経過した現在、テルミサルタンのみ内服を継続しているが、朝と夕にくしゃみと共に少量の鼻汁が排泄されるだけで生活の質は良好に保たれている。また、以前に比べ快活さが戻っている。
【考察】 これまでに我々は「テルミサルタン(ARB)はネコ鼻炎症状を緩和する」報告を行ったが、今回犬においても良好な結果が得られた。慢性鼻炎のミニチュアダックスフントは、近年増加傾向にあり消炎剤、抗菌剤、去痰剤およびステロイド剤の内服や吸入などの治療が行われるも十分な効果が得られないことが多い。鼻炎に対するARBの作用は不明な点が多いが、局所のレニンーアンジオテンシン系に作用し鼻腔粘膜面における微小循環の改善および抗炎症効果が得られたため速やかな症状の改善が見られたと推測した。また、本症例において、鼻炎の症状改善とともに快活さが増したのは、脳—嗅神経—頸部リンパにつながる一連の古典的リンパ排出系とGlymphatic pathwayがARBにより改善した結果と推察される。以上より、テルミサルタン(ARB)は犬の慢性鼻炎治療に有効な薬剤であることが判明した。さらに、抗生剤減薬によって腸内フローラ錯乱防止が可能となり、高齢犬鼻炎に対して「やさしい」「高QOL」を提示する薬剤の一つと考えられる。

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2015/11/30 平成27年 静岡県獣医師会 東部症例発表会
No. 27

テルミサルタンによる高齢犬睡眠障害に対する新しい治療:ウエアラブルデバイスによる評価

◯樋渡 敬介1)、土井 公明2)、水野 理介3)、横須賀 誠4)

1) 御殿場インター動物病院(御殿場市)、2) どいペットクリニック(藤枝市)、
3) つくば国際大学医療保健学部臨床検査学科、4) 日獣大獣医学部獣医学科病態解析学分野
Japan Veterinary Microcirculation Research Center (JVMRC)

【はじめに】高齢犬の睡眠障害は、犬だけの問題ではなく、世話をする飼主に肉体的精神的負担を強いる。さらに、動物虐待や放置などに発展するケースがあるため、社会的な問題となっている。それらの問題に対し、小動物臨床獣医師は、患畜への抑制剤投与の使用や介護を充実させるなど対症法が主である。また、睡眠障害治療は、夜間の観察が必要なため、治療や介護に対する効果を十分に評価することは、飼主でさえ困難な場合が多い。そのため、睡眠障害治療やその効果判定には個々の症例により試行錯誤が重ねられている。今回、我々は睡眠障害が認められた高齢犬に対して、脳微小循環改善を目的とした積極的な治療として、アンジオテンシンIIタイプ1受容体阻害薬(ARB)であるテルミサルタンを投与した。さらに、夜間睡眠時の活動を評価する目的で、近年普及している、3軸加速度センサーを搭載した小型ウエアラブルデバイスを高齢犬に装着し、夜間睡眠時の活動を記録し、夜間睡眠時の活動の評価を試みた。その結果、テルミサルタン投与によって、睡眠の改善が確認された症例を得たので報告する。

【結果】症例は、夜間に夜鳴きの症状を呈する雑種高齢犬(未去勢雄:16才、他に四肢麻痺と涎の症状が認められる)である。テルミサルタン(0.5mg/kgSID、経口投与)を就寝前19時から20時の間に処方した。ウエアラブルデバイスであるJawbone® UP MOVE™を首輪に装着し、投与前2日と投与後5日間の活動を連続して記録した。データの同期はBluethoothでスマートフォンに転送して確認した。睡眠障害である夜鳴き症状は、飼主からの報告によって、テルミサルタン投与後1日目より改善が認められ、投与後3日目では、ほぼ夜鳴きの消失が認められた。一方、ウエアラブルデバイスのデータからも、投与後1日目より、夜間の活動時間の大幅な低下に伴う睡眠時間の増加が認められ、その後も引き続き、安定して夜間の活動の低下傾向が認められた。

【考察】高齢犬の睡眠障害は、その管理が困難であることから積極的薬物治療の選択が少ない症状である。今回の症例からテルミサルタンは、脳微小循環改善による高齢犬睡眠障害の積極的治療の一つとして有効である事が判明した。また、今回の治療では、近年、脳機能や睡眠に関わる分野で注目されているglymphatic systemが大きく関わっている可能性が示唆された。近年、glymphatic systemは、脳脊髄微小循環の新しいシステムであることが明らかにされている。今回の症例犬において睡眠障害の他に認められた四肢麻痺や涎も、テルミサルタン14日後の飼主からの報告で顕著に改善していた。このことから、テルミサルタンによる脳微小循環改善が睡眠を安定させたことによって、睡眠時に主に作動するglymphatic systemが日常生活をも改善する好循環を作り出したと考えられた。また、今回導入したウエアラブルデバイスは小動物臨床で評価が困難な睡眠状態を極めて明確に可視化できることが確認できた。ウエアラブルデバイスは、安価、操作性および機動性を併せ持つ最先端管理システムであり、今後睡眠障害だけでなく、様々な疾患の管理および評価おいて強力なITである事が示唆された

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2015/11/21 11月22日 動物臨床医学会 年次大会@大阪 ランチョンセミナー要旨<獣医師向け>
No. 25

獣医微小循環学的治療戦略:テルミサルタンは「やさしい」獣医療を可能にする

水野理介、樋渡敬介、土井公明、横須賀誠
Japan Veterinary Microcirculation Research Center (JVMRC)

 原生動物では外環境液が直接細胞に接している。動物が進化するにつれて、循環系ができ、心臓が認められるようになる。多くの無脊椎動物では循環系は開放血管系で、血液は細胞間隙を直接流れている。完全な閉鎖血管系は魚類に至って初めて起こり、末梢血管抵抗が増すため血圧も高くなる。全身の血圧調節は、抵抗血管である細動脈の収縮-拡張によって直接制御される。毛細血管床や細静脈は、物質交換や免疫担当細胞のホーミングの中心として機能する。毛細血管床とその輸入、輸出血管である細動脈、細静脈を一括して微小血管系と呼ぶ。この微小血管系と組織間隙とリンパ系を含めて微小循環とされる。血液循環の主目的が生体内部環境の維持、すなわち全身の各組織細胞に対する生活物質の供給と代謝産物の除去にあることを考えるならば、微小循環こそまさに循環系で最も本質的な役割を演じる部分であり、心臓や太い血管は微小循環に適切な血流を供給する為の補助装置である。全身の細胞の生活条件は微小循環によって直接規定される。微小循環の障害は当該組織の機能不全を引き起こし、障害の部位と広さによって生命の喪失につながる。この意味においては微小循環の世界は、その名称から想像されるような微小な存在ではなく、細胞の個々からその統合体としての個体の生命維持を直接左右する巨大なシステムである。
 生物は海の中で発生したとされ、進化の過程の中で一部の生物が陸上で生活できるように適応した際に、体内の水分と血圧を保持するためにナトリウムイオンの調節が必要不可欠となった。この塩分を体内にとどめておく作用を調節しているのがRAAS(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン-システム)である。このシステムは塩分の少ない陸上での生存のために生物が獲得したありがたいものなのであるが、これが高血圧症という病気を引き起こす原因となっている。古来、内陸部では、塩は貴重品でありその摂取量は現代よりもはるかに少なかったとされる。しかし、食生活の変化に伴って、食塩摂取量が増えたことにより、この塩分を体内に保持しようとするシステムが逆に病気の引き金になっている。RAASの中心的PlayerであるアンジオテンシンIIは、様々なアンジオテンシン受容体に結合することによって生理的機能発現のみならず、多くの疾患の病態に関与することが明らかとなってきた。2014年、ネコCKDに対するAT1受容体拮抗薬であるテルミサルタンが発売され、ARBの獣医臨床への適応が始まった。当センターでは、テルミサルタンは末梢組織微小循環動態改善することによって高齢動物の様々な疾患に対して「やさしい」治療となることを見出した。
本セミナーでは、まず微小循環の生理学・病態生理学とこれに関わるRAASをオーバービューし、当センターで得られた様々な臨床例(犬猫の四肢不全麻痺、慢性鼻炎、〜など)からテルミサルタンの微小循環改善による治療効果ならびにARBが有する優れた治療効果の顕在化を紹介する。

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